終末期キーワード(終末期を考えるキーワード)

No.5 「緩和ケアとは?」

text:佐野 広美(医療法人財団 慈生会 野村病院 医師)

 この言葉から何を感じるかは、その人の立場によって違うようです。一般の人たち、特にがん患者さんやそのご家族は、「もう治療ができない人が受ける医療」「主治医に見離された人が受ける医療」というようなイメージをお持ちの方もいらっしゃいます。医師の間でも、「看取りの医療」「終末期の医療」「痛みを取る医療」などと考えられてきた傾向があります。「緩和ケア」とは何でしょうか? 2002年にWHOが緩和ケアを次のように定義しました。

 「緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者と家族の痛み、その他の身体的、心理社会的、スピリチュアルな問題を早期に同定し、適切に評価し、対応することを通して苦痛を予防し、緩和することにより、患者と家族のQuality of Lifeを改善する取り組みである」

 緩和ケアの対象は、がんだけではありません。患者さんだけでもありません。体の痛みだけでもありません。そして、治療のどの段階でも緩和ケアは必要です。「がんだから仕方がない」「末期だから仕方がない」ではなく、苦痛の原因を適切に評価して対応する医療です。緩和ケアは特別に選択される医療ではなく、本来、すべての医療者が自然に提供すべきものであるのです。

 緩和ケアはがんだけではなく生命を脅かすすべての疾患が対象になるわけですが、現実問題として、緩和ケアに最もスポットが当たるのは、がん終末期の問題です。ここからは、がん終末期の緩和ケアということにテーマを絞りたいと思います。

 医師の中でも緩和ケアに対する温度差は未だに大きいものがあります。私も緩和ケアの勉強を始めた頃、「変わったことやってるね」なんて言われたことがありました。がんの根治に全力を注ぐ医師にとって、再発は敗北に相当するものです。自らその部分に踏み込むなんて、確かに「変わったこと」なのかもしれません。

 こういう温度差を少しでもなくすために、現在「すべてのがん診療に携わる医師が研修等により、緩和ケアについての基本的な知識を習得する」ことを目標として、日本緩和医療学会を中心にPEACE projectが立ちあがり、全国で「がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会」が開かれています。2日間、12時間を超える研修です。対象の医師は約10万人と考えられていますが、現時点でようやく修了者は1万人を超えたところです。

 この研修会の中で「いつでも、どこでも、切れ目のない質の高い緩和ケアを受けられることが大切である」というメッセージを発信しています。患者さんが主治医から「もう治療法がないので緩和ケアを受けなさい」という話をされ、ショックのあまり、どうしたらいいのか、どこに行ったらいいのかわからなくなった、という話は、数多く聞きます。いわゆる「がん難民」が生まれるきっかけのひとつです。残念ながらその患者さんの命は、そう長くないうちに燃え尽きます。ならば、その命を、残された時間を、患者さんがもう一度見つめなおす時となるようにできないでしょうか。多くの医師が、緩和ケアに対して共通の認識をもち、このような緩和ケアに対する医師・患者間の誤解を少なくできれば、と思います。

 人は、健康なとき、元気なとき、病で体がつらいとき、気持ちがつらいとき、その時々で考え方が変化します。お元気なときに自分の生き方を書き留めておいても、それが変わってしまったら意味がないでしょうか。私は、そうではないと思います。それが本来のご自分の生き方だったわけですから、それを貫くことも、病という経験を経てそれを変更することも、みんな含めてご自分の生き方なのです。

 痛いから、苦しいから、つらいから、もう何も考えたくない・・・そんな思いを患者さんにさせたくない。たとえ限られた時間のなかでも、自分なりの生き方をしていただけるようなサポーターとして存在したい。それが私たち緩和ケアに携わる医療者の思いなのです。


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